オカタジケ(okatajike)プロジェクト

中越地震を風化させない 「震災はまだ終わっていない、我々は復興に向けがんばってます」

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

中越沖地震:パーマーク専務のお宅へ行って来ました。

昨日、アウトドアショップ「パーマーク」の専務の自宅および奥さんのエステ店へボランティアに行ってきました。
(※このパーマークさんはオカタジケvol.2に登場していただいているお店です。)
http://iroha007.blog20.fc2.com/blog-date-200608.html

幸いにも建物自体は崩れることなく済みましたが、内部はひどい惨状でした。
深刻なのは奥さんの店が2ヶ月前にリフォームしたばかりなのに震災を受けたということです。
お客様のほとんどは地元の被災した人たちばかりだということなので大変心配してらっしゃいました。

報道の通り、柏崎市内は停電地区が多いため、テレビで報道されている内容についてわからない人が多いのが現状で、自分の自宅周辺の情報しか入らないため被災の全体像が把握出来ていない様子でした。

また、必要物資として求められたものは、“水”と“単一乾電池”でした。
水は当然かと思いますが、単一乾電池の要望については、最近の被災時に活躍する家電は単一乾電池仕様であることが多いようです。
普段の家庭で単三ならまだしも単一乾電池を予備で備えている家庭は少ないと思いました。

街へ少し出てみましたが、中心部の商店街に向かう道路は大渋滞だったため、路地裏の住宅地を回ってみました。
報道されていないエリアでも相当なダメージです。
崩壊している家屋はほぼ全てと言っていいほど瓦屋根の古い家屋です。


DSC01157.jpg

DSC01170.jpg

DSC01165.jpg

DSC01154.jpg

DSC01160.jpg

DSC01163.jpg

DSC01159.jpg

スポンサーサイト
  1. 2007/07/19(木) 16:22:49|
  2. オカタジケ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

レポート:昨日、柏崎にいました。

スーパーでは水がすぐに売り切れ

P1010004.jpg

トイレが使えること知らせるメッセージ

オカタジケプロジェクト実行委員会メンバーの加藤と申します。昨日はちょうど上越~中越エリアにいたため、被災地を目の当たりにしました。

 地震が起きたとき、私は妙高市という(柏崎市よりも長野側に位置した)ところにいました。ガーッという音とともに建物がユラユラと大きく揺れました。ですが地元の人が「この辺はよく揺れるのよ」と、慣れた感じで話をしていたため、ここまで大きな地震だとは分かりませんでした。

 ところが新潟市内の実家へ電話連絡をするも、携帯電話は全くつながらず。何度も出る「しばらくお待ちください」のメッセージによって、想像以上の事態になっていることが分かりました。父親との携帯メール、ラジオの緊急特番から情報を聞きながら、新潟市内へ帰る道を探しました。

 柏崎市内の様子はというと、大変なものでした。渋滞はもちろん、突然現れる段差。フリーペーパー「オカタジケ」の取材で見た、小千谷、山古志と同じ光景が目の前にありました。
 
 15時過ぎ、トイレに立ち寄ったスーパーは断水。パン、水は売り切れ。くずれ落ちている商品、割れたガラス。地元の人がカップラーメンやお茶、総菜を買い急いでいました。私が駐車場で地図を広げていると余震が…。ザワザワ、グランッグランッ…。また大きな揺れが来ました。目の前の信号機は折れんばかりに揺れ、電線はゴムひものようにビヨンビヨンと揺れていました。

 すれ違う白バイ、県外ナンバーの電気工事車両、砂利を積んだトラック、海岸で旋回するヘリ、自衛隊。交通誘導してくれる警察、警備員の方。危険と背中合わせに住民の方たちを助けようと一生懸命に活動する姿は心打たれるものがありました。それに引き換え自分は。新潟市内に帰ろうとする自分の無力さに悔しい思いを感じました。

 柏崎から新潟へ帰る道は、日本海側の116号線か長岡経由の8号線。海岸沿いは危険という情報だったので、刈羽村の山中を通ってきました。その道中も決して安全ではありませんでした。道路の半分が土砂で塞がっている所や停電で真っ暗なトンネル、崩れてしまっている家屋や道路。やっとの思いで帰ってきました。安全な新潟市内へ帰って来た私でさえあれだけの不安だったのだから、被災地の方たちは…と思うと心苦しくてなりません。


現地の方々の一日も早い安全と安心を心からお祈り申し上げます。


私にできることは何か、あらためてそれを考えている今日です。
私は総理大臣でも学者でもありませんので、国を動かす権限も無ければ、すばらしい発明もできません。私はこのオカタジケプロジェクトとしてできることをただひとつづつ、継続してやっていこうと思います。
 また、このオカタジケプロジェクトが追い続けている3年前の中越地震についても、いまだ復興は終わっていないことを全国の人が思い出してくれればと思います。
  1. 2007/07/17(火) 18:16:55|
  2. オカタジケ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「新潟県中越沖地震」2007年7月16日10時13分発生

2007年7月16日、午前10時13分ころ、
新潟県上中越沖でマグニチュード6.8、最大震度6強の地震が発生しました。「新潟県中越“沖”地震」です。なぜまた中越地方で…という思いでいっぱいです。
それと、同時にオカタジケプロジェクトでできることは何か?を改めて考えさせられました。この地震についての情報をオカタジケなりにレポートしていきたいと思います。


【資料】
各地の震度は以下の通りです。

震度6強) 新潟県  柏崎市中央町、柏崎市西山町、刈羽村割町新田、
          長岡市小国町
      長野県  飯綱町芋川
震度6弱) 新潟県  上越市柿崎区等、長岡市中之島等、柏崎市高柳町、
          小千谷市土川、出雲崎町米田等
震度5強) 新潟県  上越市大手町等、長岡市千手等、三条市新堀、
          小千谷市城内、十日町市高山等、南魚沼市六日町、
          燕市分水桜町
     長野県  中野市豊津、飯山市飯山福寿町、信濃町柏原飯綱町牟礼

引用:首相官邸ホームページ発表PDF資料より
http://www.kantei.go.jp/jp/kikikanri/jisin/niigatajoutyuuetu/0707170800.pdf



被害に遭われた方へは心よりお見舞い申し上げます。


「なんでまた中越なんだろうかねぇ…」
TVでインタビューにこたえていたおばあちゃんのコメントが胸にささります。
  1. 2007/07/17(火) 14:09:05|
  2. オカタジケ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。